釉薬の3大要素 | 溶かす・接着・ガラス
釉薬の3大要素とは
釉薬には3つの大きな役割があります。当サイトでは基礎知識のカテゴリーで概要を紹介しました。(参考ページ : 釉薬(ゆうやく)とは)
このページでは3つの役割を、更に掘り下げていきます。釉薬の組成(そせい:構成する成分のこと)は、1塩基性酸化物 2中性酸化物 3酸性酸化物に大別されます。
それぞれ「~酸化物」とありますが、これは大気中にあるため酸素と結合した結果の産物です。
また、塩基性とは酸性に対する性質のことをいいます。学生のころ水溶液にリトマス紙を浸して、アルカリ性・中性・酸性の識別をしたと思います。ここでのアルカリ性とは「水溶液の状態」に限った話ですね。
正確にいえば水溶液の状態が「塩基性」である=アルカリ性ということになります。
つまり塩基とは「水溶液に限らない全ての状態」で使えます。陶磁器原料には水溶性のものもあれば、不溶の原料もあります。そこで何にでも使える「塩基性」という言葉の方が便利なんですね。
1.塩基性酸化物(えんきせい さんかぶつ)
さて、塩基性の原料は酸性原料と反応して「釉薬を熔かす」作用があります。陶磁器が焼き締まる温度帯(800℃~1,300℃)で、釉薬が溶けてくれないと困ってしまいます。
そこで塩基性の原料を使って釉薬を溶かす必要があるのです。代表的なものには草木を燃やした「灰」、石灰石を粉末状にした「石灰」などが該当します。これらは酸化カルシウム(Cao)を含み、釉薬を溶かしてくれる媒溶剤(ばいようざい)として用いられます。
水簸した土灰(雑木の灰)
酸化カルシウムは文字通り「酸化したカルシウム(塩基性)」です。こうした塩基性原料は、少量でも強力な媒溶剤として機能します。
ちなみに石灰石であれば50%以上の酸化カルシウム(CaO)を含み、土灰ではおよそ30~40%ものCaOが含まれます。
量を増やせば釉薬の融点が下がり、釉薬の粘りが少なく流れやすくなります。量を減らせば逆の状態になるわけです。
媒溶剤のいろいろ
こうした媒溶剤は灰に含まれる酸化カルシウム(CaO)のほか、長石や珪石からは酸化カリウム(K2O)。同じく長石・珪石から酸化ナトリウム(Na2O)が得られます。
または硫酸バリウムや炭酸バリウムに含まれる酸化バリウム(BaO)。マグネサイト(=苦土:くど)やタルク(=滑石:かっせき)からは酸化マグネシウム(MgO)。天然の金紅石からは酸化チタン(TiO2)が採れます。
そして苦灰石(くかいせき=白雲石=ドロマイト)には酸化カルシウム(CaO)と酸化マグネシウム(MgO)が。紅亜鉛鉱からは酸化亜鉛(ZnO=亜鉛華)が得られます。
その他には鉛白(えんぱく=唐の土=白鉛)から酸化鉛(PbO)や塩基性炭酸鉛(2PbCO3・Pb(OH)2)などの鉛化合物。ガラス状に焼き粉にしたフリットの原料は、鉛丹(=酸化鉛 Pb3O4)や硼砂(ほうしゃ=四硼酸ナトリウム十水和物 Na2B4O7・10H2O)などです。
これらはみな釉薬の融点を下げて溶けやすくしてくれます。文書にすると化学式で頭が痛くなりますが、実際は「灰」であったり「長石・陶石」を混ぜることで媒溶作用のある釉薬が得られます。
いずれの原料であれ、上記の媒溶剤になる成分が含まれていれば機能します。
2.中性酸化物
中性の原料は「素地に接着」する役割を果たします。塩基性の原料が多岐にわたるのに対し、中性原料は酸化アルミニウム(=アルミナ Al2O3)が代表例といえます。
アルミナは鋼玉(こうぎょく)という天然の鉱物に含まれるほか、ルビーやサファイアにも含まれます。そして陶芸用の材料では粘土や長石のほか、陶石にも含まれます。
釉薬を「接着・安定」させるためには、粘土や長石・陶石を混ぜればアルミナが得られます。逆にこの成分が乏しいと、せっかく熔けた釉薬が素地から剥がれたりトラブルになります。
アルミナの含有量については福島長石であれば20%前後、天草陶石には15%前後、白色系粘土である朝鮮カオリンや蛙目粘土(がいろめねんど)ならば35~40%のアルミナが含まれています。粘土原料にはアルミナが豊富ということになりますね。
そして長石・陶石はその60~70%が珪酸(=シリカ:ガラスの素)になります。いっぽう朝鮮カオリンであれば珪酸は40~50%です。粘土原料の方がガラスの素が少ないことになります。
したがってアルミナの割合を効率よく増やしたいならば、長石・陶石ではなく粘土(朝鮮カオリンなど)を混ぜるのが効果的といえます。
ただし、粘土を増やすと釉薬の質が粘土に近くなりますよね。釉薬は透明度があるのに対し、粘土には透明度がありません。よってアルミナを増やしすぎると安定するものの、釉薬の持つ透明度は失われることになります。
朝鮮カオリンなど粘土を混ぜる割合は、透明度を保つなら2割未満にとどめると良いです。
たとえば透明釉を作る場合に、長石6:土灰3:カオリン1の調合をするとします。これであれば透明釉が得られるでしょう。
ここでカオリンの割合を2割~3割と増やせば不透明な釉薬になります(=失透する)。どんどんカオリンを増やせば、不透明の状態からいずれツヤ消し状態(=マット)になるでしょう。
また、アルミナが増えると釉の耐火度も上がります。ある素地が焼き締まる温度を1,200℃とした場合、仮に1,000℃で釉が先に溶けてしまったら不都合が生じます。土が焼き締まる熱量を受けた段階で、釉薬が溶けすぎて流れてしまっているはずです。
こういったケースでアルミナを増やせば、釉薬自体の耐火度が上がり、釉流れも抑えられます。アルミナを増やした分、焼成温度の試験調整をすることで、素地粘土と相性のよい調合比が得られるでしょう。
3.酸性酸化物
酸性の原料は「溶けてガラスになる」役割を持ちます。塩基性の原料と化学反応を起こして溶ける性質を持ちます。酸性原料の代表的なものが珪酸(=シリカ SiO2)です。
シリカとは二酸化珪素(にさんかけいそ)のことで、シリカガラス(=石英ガラス)と呼ばれるものはSiO2の純度がほぼ100%のガラスを指します。つまりシリカを一言でいえば「ガラスの素」なのです。
シリカは天然の水晶や硅石(=石英)、長石や粘土、藁灰(わらばい)に含まれます。
シリカの含有量は福島長石で65%前後、日の岡硅石で95%前後、藁灰で75%前後となります。この中で珪石の含有量が格段に高いといえます。
よってシリカを効率的に増やすには、珪石を混ぜるのがよいです。
なお シリカを加える利点は、釉薬のガラス質が増えることで強度と光沢が得られます。そして釉薬の耐火度が上がって、流れにくくなる効果も期待できます。
藁灰・・・「灰」は溶かすものでは?
ちなみに藁灰についてですが、塩基性の原料で「灰」が出てきましたね。藁も植物なので「熔かす」作用を持っていそうです。
しかし藁灰は一般的な草木灰と異なり、シリカの含有量が非常に多いのです。では藁灰と比較的ポピュラーな楢灰(ならばい)を比較してみましょう。
灰の「熔かす」作用は酸化カルシウム(CaO)が主成分でしたね。楢灰のCaOは35%前後、いっぽう藁灰のCaOは2%前後しかありません。つまり藁灰に媒溶剤の力はほとんど無いといえます。
そしてシリカの含有量は藁灰で75%前後、楢灰では5%ほどです。この比較から藁灰は「熔かすための灰」というよりはむしろ「ガラスの素」なのです。
このようにシリカを多く含む灰は、稲の茎を燃やした藁灰、稲の籾殻(もみがら)を燃やした籾灰、竹を燃やした竹灰などが挙げられます。こうしたイネ科の植物はシリカ(ガラスの素)を多く含んでいます。
釉薬の組成まとめ
塩基性・中性・酸性それぞれの成分について役割をみてきました。ちなみに中性のアルミナと、酸性のシリカは融点が高いです。アルミナが2,072℃、シリカは1,650℃ほどでやっと溶けはじめます。しかし塩基性の媒溶剤のおかげで融点がぐっと下がります。
熔かす・接着・ガラスの3要素が炎の熱によって釉薬として機能します。
- 塩基性:釉薬の媒溶剤。灰をはじめ釉薬を溶かす役割。ただし藁灰は例外。
- 中性:釉と素地の接着剤。アルミナが増えると釉の安定性・耐火度が増加。
- 酸性:溶けてガラスになる役割。シリカは釉のボディとなり、増えると釉の強度・耐火度が増加。
この3要素が複雑に絡むわけですが、実際に釉薬を調合するのはシンプルな場合がほとんどです。
たとえば灰釉を作るとしましょう。よく知られる調合は長石6:土灰3:藁灰1という比率です。長石に「熔かす・接着・ガラス」の役割、土灰に「熔かす・微量なガラス」、藁灰に「ガラス」の役割があります。
古くから使われる伝統釉のほとんどが、この3要素を満たしているといえます。たとえば灰釉・鉄釉・染付釉など多くの伝統釉がこれに該当します。
もちろんこれらの調合比や原料は様々ですが、この3要素に基づいて釉薬が成り立っています。新しい釉薬を作ってみる、もしくは市販の釉薬に微調整を加えたい場合など、3要素の役割と原料の知識は必ず役に立ちます。