蕎麦釉
蕎麦釉について
蕎麦釉(そばゆう)とは鉄釉の一種で、緑色~黄色に発色します。光沢が少なく鉄分が結晶になって表れるのが特徴です。
失透釉でもあり結晶釉の性質も併せ持つわけですが、結晶ができるのは焼成後の徐冷時間が必要です。
また発色の違いについては焼成条件によります。たとえば酸化焼成では黄~茶褐色に焼きあがります。それに対して還元焼成では青~緑色に発色する傾向があります。
- 調合例1:平津長石5:土灰3:籾灰2。外割でベンガラ5~8%
これで表面に光沢のある蕎麦釉になります。結晶をより析出させたい場合、マグネサイトもしくは滑石(タルク)を数%加えます。そして焼成後は自然に徐冷することが必要とされます。
また、マットな質感にする場合は黄土と土灰を混ぜるシンプルな調合もあります。この調合は伊羅保釉(いらぼゆう)と似ています。(参考ページ : 伊羅保釉 | いらぼゆう)
酸化焼成で「黄色」味を帯び、還元焼成では「緑」に発色する点もそれぞれ共通しています。
- 調合例2:中国黄土5:土灰5
これで黄土の鉄分と、土灰に含まれる微量な鉄分が得られます。蕎麦釉は日本各地の窯場で用いられたポピュラーな釉薬です。釉中の鉄分は5%前後と考えますが、調合は多岐にわたります。
たとえば京都では鉄分を含む賀茂川石に、土灰・藁灰を加えて作られたといいます。また、薩摩の苗代川焼では地元の村田土(そんだつち)にナラ灰や土灰を混ぜて蕎麦釉が作られました。
そして島根県では地場で産出する来待石(きまちいし)に土灰を混ぜる伊羅保釉が有名です。島根の出雲焼でも蕎麦釉が用いられますが、伊羅保釉の調合とほぼ同じものもあるようです。
伊羅保釉と蕎麦釉の違い
このように伊羅保釉と蕎麦釉は調合が似ています。調合において共通項はあるものの、両者の大きな違いは「釉の厚み」といえるでしょう。
すなわち伊羅保は薄掛けであり、蕎麦釉は二重に施釉する事で釉の厚みと結晶が得られます。
この画像は酸化焼成で得られた蕎麦釉の黄色です。ある程度の釉の厚みがあり、細かい結晶が表面に出てきています。
中には茶色を呈するほか、青や緑色の結晶が混じり合った複雑な釉調のものもあります。
これはぐい呑みの見込みの画像です。蕎麦釉が還元炎で焼かれ、見込みの中央には釉がたまり青い結晶が見てとれます。黄色系の発色と比べると雰囲気がだいぶ変わってきますね。
なお緑色の強い作品は茶葉末釉(ちゃようまつゆう)とも呼ばれます。これは緑や青・黄が茶葉の粉末に見えるのが名の由来です。
ところで緑の発色といえば、織部釉などの「銅緑釉」が思い浮かびます。これは銅を呈色剤とした釉の総称です。一般的に酸化焼成で緑の発色となり、広く認知された緑の釉薬です。
銅緑釉と緑の蕎麦釉を比較すると、同じ緑系とはいえ焼成雰囲気と釉調に違いが出てきます。銅緑釉は流れやすく条痕になる傾向。蕎麦釉(鉄の緑釉)は条痕ではなく細かな結晶が析出する傾向があります。
こうしてみると鉄釉はその含鉄量によって、色彩のバリエーションが非常に豊富です。黄色・青・緑のほか、黒・飴色・茶褐色・赤褐色など鉄釉の色彩における奥深さがうかがえます。ほとんどの色釉は鉄釉で事足りてしまうかもしれません。
これら多様な鉄釉の中でも、蕎麦釉は焼成雰囲気で変わる色彩、そして美しい結晶による表情が魅力の釉薬といえるでしょう。