窯道具の種類
窯道具について
窯道具とは作品を窯で焼くときに使う道具の総称です。作品と関連性が高いため解説に出てくることもあります。たとえば美術館の説明文に「サヤに入れて焼かれた~」「高台内には輪トチンの跡がついて~」とあった場合、窯道具が分かるとよりイメージがしやすくなります。
また、実際に作品をみると目跡(めあと)のように、窯道具と作品の間にかませた粘土の跡を見ることもあります。このように作品鑑賞はもちろん、これから作陶をする方の参考になるかもしれません。代表的な窯道具を挙げていきたいと思います。
トチンとハマ
トチンとは窯詰の時に使う焼台のことです。陶磁器を乗せる枕(まくら)という意味の「陶枕:とうちん」から来ており、土台という意味から「土地:トチ」という字をあてている窯元もあります。トチンのことを「トチ」または「トチミ」ともいいます。
トチン:上下が枕状に広がって焼台になる。背の低いリング状のものはチャツともいう
ハマはトチンと同じ焼台のことです。作品と床の間にしくので「羽間:はま=はざま」という字が当てられます。ある窯元では平らな土台から海辺の「浜」であるという話も伺いました。
トチン・ハマを区別せず使っているケースもありますが、トチンは『棒状の焼台』を指すことが多く、ハマは煎餅のように『平らな焼台』をいう場合が多かったです。また、瀬戸や京都ではトチンが一般的ですが、唐津や有田ではハマが普通に使われていました。
左列からトチン、ハマ(≒トチン。センベイとも)、輪トチン。手前が未使用で奥は使用済み
いずれにせよトチンもハマも作品が床にくっつかないように敷く焼台という点で一致しています。前述のように地域や人によって呼び方もまちまちですが、まずは道具の役割と外観が分かると思います。
ハリと目
『目』とは焼台であるトチン(≒ハマ)と作品の間に置く粘土(または陶石や貝)のことです。ハリは尖った状態の粘土で、目は丸めた状態の粘土という認識でよいでしょう。
ハリは円錐状で先が尖っていますので、場合によっては崩れやすいかもしれませんね。しかし作品との接点が小さいので、作品に残る跡が少ないという利点があります。
リング状の輪トチンの上にある「目」。作品を剥がした跡が目の先端に見られる
一方、目は接点が大きいので安定していますが、作品に残るくっつきの跡が残りやすいです。目を使って作品を重ね焼きすることを「目積み」といい、そのはがれた跡を「目跡」(めあと)とよびます。
目跡は高台につくケースもあれば、画像のように見込みにつく場合もあります。この作品には4つの目跡がありますね。
目跡は重ね焼き、つまり量産した形跡でもあります。しかし抹茶椀においては見どころのひとつとされています。たとえば井戸茶碗には目跡があると珍重されるケースもありますね。よって意図的に目跡を装飾する場合があるほどです。
サヤ(匣鉢)について
サヤ(匣鉢)とは作品を包んで焼く一般的な匣鉢、作品を積み上げるための「立ち匣鉢」などがあります。瀬戸や美濃では「エンゴロ」といい、九州の有田や唐津では「ボシ」と呼ばれるなど、他の窯道具と同じく地域ごとに名前が異なります。
作品を包むための小型匣鉢。焼成中に割れてしまったがきれいな緋色が出ている
匣鉢に入れて焼成することで、作品は灰や直火から保護されます。そして密閉されることで均一な温度が保たれるわけです。匣鉢の中にはいくつもの作品が重ねられることもあり、その場合は匣鉢の底に砂を敷いたりトチン・目をかませて焼成されました。
庭先に積まれた立ち匣鉢。作品とその上の作品の継ぎ目になるので「継ぎ匣鉢」ともいう
立ち匣鉢は作品を積み上げる太くて頑丈な柱です。たとえば口の大きな大甕(おおがめ)を連想してみてください。大甕の中に立ち匣鉢を入れれば、そこを柱にして上に作品を積み上げられます。立ち匣鉢自体かなり太く強度がありますので、数mはゆうに積み上げられたと推測します。
立ち匣鉢の場合は作品自体は灰・炎から保護されません。しかし大物を縦に積むことができるのでスペースを有効活用できます。作品を保護する匣鉢と同様、重要な役割を果たした匣鉢の一種といえます。
ツクとは
ツクとは窯の中に立てる支柱のことです。登窯や穴窯など傾斜のある窯は、内部の床は凹凸があり非常に不安定です。そこに作品を乗せる棚板を設置するとしましょう。
棚板をそのまま置けば当然傾いたままですよね。そこでツクを支柱にして、その上に水平に棚板を設置します。現代でいえばPCラックのパイプで出来た支柱が「ツク」、そこに載った板が「棚板」というイメージでしょう。
これは実際に使われたツクですが指の跡がついていますね。耐火粘土を握って棒状にして、作品台の下に入れたものです。板を乗せる部分、親指と人差し指の側が平らな面になっています。逆に小指の側は地面に突き刺した方でしょう。
ちなみに棚板はエブタとも呼ばれます。したがってエブタとツクはセットで作品を支える窯道具だったといえます。現代の支柱は耐火性の高いケイ素(珪酸を含むガラスの材料)で出来ており軽くて丈夫なものです。
ウマノツメ(馬の爪)
ウメノツメとはツクの小型版ですね。ひとつの作品を傾斜のある床に置くさい、作品と床にかませる粘土のことです。役割としては作品の下に敷くトチンに類似しますが、斜めの状態を平らにするという役割が特徴です。その形状から「馬の爪」と呼ばれます。
傾斜のある窯の床に対し、画像のような角度で使ったと思われます。作品が乗った部分は平らで作品を剥がした跡が残っています。粘土で簡単に作れるうえ、小型で機能的な窯道具です。棚板を設置するほどではない場合に重宝したことでしょう。
トンバイとは
トンバイとは窯を作るのに用いられる耐火レンガのことです。窯本体を作るレンガでもあり、窯内部の通炎孔を囲うレンガのほか、炎を分配・圧縮するための分煙柱(ぶんえんちゅう)としても使われました。
これは有田で撮影したトンバイ塀の画像です。窯の壁面であるトンバイを壁にして再利用しています。窯の内部で炎に焼かれたレンガは、個々に違った表情になっていますね。有田の観光名所でもあります。
こちらの画像は、瀬戸市にある窯垣の小径(かまがきのこみち)という観光名所です。今まで代表的な窯道具を見てきましたが、この画像では何が使われているでしょうか?
おそらく丸いものが匣鉢。瀬戸ではエンゴロと呼ぶみたいですね。板状のものは棚板であるエブタかもしれません。上部には耐火レンガであるトンバイ、瀬戸では窯柱(かまばしら)といいます。そして穴の開いたオレンジ色のエンゴロもあります。指を入れて運ぶための穴でしょうか。
正解ははっきりと分かりませんが、窯道具がわかると想像をかきたてられて面白いところです。最後に共土(ともつち)について述べたいと思います。
共土とは:窯道具の素材
さて代表的な窯道具を紹介してきましたが、この素材はどのようなものが使われるのでしょうか。素材を2つに大別すると「共土のもの」「それ以外の素材」に分かれます。
共土(ともつち)とは作品と同じ成分の粘土のことです。『共』には「同じ・一緒に」という意味があります。共土を使った窯道具は耐火度・収縮率が作品と同じなので都合が良いです。
たとえばトチンを共土で作ったとしましょう。耐火度・収縮率が同じなので、作品が耐えられる温度ならばトチンも熔解してしまうことはありません。これは目・匣鉢・ツクなど窯道具全般にいえることです。
逆に作品より耐火度が低く、収縮の大きい匣鉢を使ったらどうでしょうか?場合によっては作品を包む匣鉢が縮んで作品を歪めたり、破損して作品が灰まみれになってしまうかもしれません。
したがって共土で窯道具を作ると、仮に熱で歪む・収縮しても作品と同程度で済むわけです。ただし焼き締まって歪めば使い捨てにするしかないです。
志野を焼く共土で作った輪トチン。裏返すと志野の美しい緋色が出ている
使い捨ての共土に対し、共土ではない耐火粘土で作ったものは繰り返し使えます。たとえばガラスの原料である珪石に、瀬戸産の木節粘土を混ぜた「擦りドチ」は繰り返し使えます。珪石単体では融点が高く熔けにくいので、使ったら表面を削って(擦って)再利用できます。
木節粘土を混ぜるのは、粘土で可塑性を高め(=やわらかくして)板状にしやすくするためです。擦りドチは珪石分がガラスと砂礫になるので砂ドチとか砂トチンとも呼ばれます。耐火度が高く収縮しない、繰り返し使える点が便利です。
こうした窯道具以外にも、ロクロ・コテ・ヘラなどの成形道具、粘土・釉薬など材料もたくさんあります。まずは焼成で使われる窯道具の情報が、鑑賞や作陶の一助になれば嬉しいです。