墨はじき | 墨弾きの技法
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墨はじきの技法

 

 墨はじきについて

墨(すみ)はじきとは墨で抜き文様を施す技法です。たとえば素焼きした白い素地に、花模様を描くとしましょう。墨で花の輪郭を描いたら、輪郭の内側に呉須(ごす:染付用の下絵具)を薄めて淡い藍色をつけます。

 

すると墨に含まれる膠(にかわ)が呉須をはじいて、花の輪郭部分は墨でマスキングされたままです。そこで再度素焼きすると墨が焼き飛ぶので、白い輪郭の花模様ができ、輪郭の内側はうっすらと藍色がさします。墨いがいに膠絵具(=ディステンパー)を使う場合もあります。

墨はじき

左の例においては、葉と実の輪郭内は薄い黒呉須を下絵で施し、白抜きの輪郭線に上絵で赤絵を描いていますね。背景はやや濃いめの黒呉須で下絵をしてあり、墨はじきの白い輪郭線をそのまま残しています。

 

右の例では墨はじきで朝がおを描いています。輪郭の内側は花びら・葉がそれぞれ違う濃さの呉須が塗られています。なお呉須で塗りつぶすことを濃み染め(だみぞめ)といいます。どちらの例も墨はじきで輪郭線を縁取り、内側は濃淡をつけた濃みを施しているとまとめられます。

 

 墨はじきの技法

先に述べたとおり、墨はじきは墨の膠(にかわ)が水分をはじくことで、マスキングの役割を果たします。これはロウ抜きの技法で使うロウソクの代わりに、墨を用いた技法ということになります。(参考ページ : 蝋抜き | ロウ抜きの技法

 

したがって線描や絵付けだけではなく、ロウ抜きと同じく釉薬の掛け分けや器面に抜き文様で窓絵(まどえ=余白のこと)を作ることもできます。

 

墨はじきでは水をはじく膠が重要な成分となりますので、墨の鮮度を気に留めておく必要があります。膠は動物(鹿や牛の骨・皮など)から抽出されるゼラチン状の物質であり、気温が低いと凝固します。そして魚類から採れる膠もあります。

 

墨はこうした膠に、炭素を含む燠(おき)を混ぜて作ります。燠は薪を燃やした炭のことで、松を燃やした燠が代表的なものです。また、容器に入れた菜種油(なたねあぶら)やゴマ油を燃やし、容器にこびりついたススも燠として利用しています。

 

つまり固形墨は「膠+燠」を練り固めた混合物といえますが、年月が経つと膠の成分が劣化して少なくなっていきます。ゼラチン状になる膠が減るとサラサラして文字の書きやすい墨になります。

 

しかし墨はじきで重要な水をはじく成分が弱まります。したがって墨はじきで用いる墨は、経年劣化が進んでない新鮮な墨が適しています

 

使用する筆は輪郭線をかける極細筆がよいです。たとえば蒔絵用の筆はサイズが豊富で、毛先が細く柄の短い筆が適しています。筆の材質はたぬきなど動物の毛は柔らかく、人工のナイロンでは総じて硬い毛筆になります。

 

柔らかい毛先では曲線を描いたときに線の太さ・細さが出やすく、硬い毛先は曲線を描いても先が曲がりにくいので一定の太さで線描できます。もちろん広範囲で白抜きする場合はどんな太さの筆でも問題ありません。

 

 墨はじきと濃み染め

手順としては素焼きした作品と墨・硯(すずり)を用意します。固形墨を少量の水ですって筆に含ませます。水分が多いと当然膠も薄まりますので、線描できる濃度にとどめます。

 

細い輪郭を描く場合は親指・人差し指・中指の三本で筆を持ち、小指を器物に添えます。小指を支点にすることでブレずに線描できるはずです。

 

濃み染めの筆については太いものがよいでしょう。筆に呉須をたっぷり含ませ、別途水だけを入れた小皿を用意します。呉須を薄めるさいは小皿の水に筆先だけ浸けて、微量な水分を補充します。

 

ここで筆が細く小さいものでは、少量の水分で呉須が一気に薄まってしまいます。容量のある太い筆だと、多少水を吸っても影響が少なくすみます。少しずつ筆先に水を含ませて、試し書きできる紙で濃度を確認するとよいです。

 

次に筆先から呉須がしたたる状態にして水滴を器面にたらします。その水滴と筆先をつけたまま動かすと輪郭内を塗りつぶせます。輪郭は墨の膠で水をはじきますから、輪郭をしっかり描いておけば薄めた呉須がはみ出にくくなります。

 

イメージとしてはクレヨンで分厚く輪郭線を描き、水で十分薄めた水彩絵の具を垂らし、その水滴を輪郭内に筆先で引きのばしていく感覚です。クレヨン(墨)の輪郭が、水(薄めた絵の具)をはじくわけです。

 

素焼きした作品は吸水性が高いので、水で薄めた呉須はどんどん浸透していきます。

 

十分に乾燥させて素焼きすると、墨が焼き飛んで輪郭線になります。透明釉をかけて本焼成して、上絵が必要であれば絵付を施します。再度素焼き程度の温度で焼きつけて完成となります。

 

墨はじきの問題点を挙げるとすれば、墨を焼き飛ばす工程が入ることです。この素焼きする一手間が必要なのは、マスキングしたロウをいったん焼き飛ばすロウ抜きもそうです。したがってロウ抜き同様、液体ゴムの代用も有効と考えます。

 

もちろんゴム抜きは墨はじきの技法とは何の関係もありません。ただ白抜きする用途が一致している点、工数を削減できる点から参考までに紹介させていただきます。

 

これは陶芸用の液状ゴムを使うのですが、ゴムが乾くと薄い膜状になって剥がせます。上記の作業例に当てはめれば、素焼き作品に液状ゴムで描画して濃み染めをしたら、乾燥後にゴムを剥がします。焼き飛ばす工程は必要なく、施釉して本焼成できるわけです。

 

ただし液状ゴムは空気に触れて固まるので筆が傷むうえ、墨と液状ゴムでは描き心地が全く違います。特に細い筆になると液状ゴムは描きにくい点が欠点です。焼き飛ばす工程を省ける反面、こうしたデメリットもあります。

 

さて墨はじきの技法は色鍋島をはじめ有田、伊万里など磁器をはじめ多くの作品に活用されています。工数のかかる技法であり、膠の状態によってはおぼろげな白抜き模様にもなりえます。

 

しかしこの線の自然さと柔らかさが特徴であり、その魅力を増幅しているのは濃み染めといえるでしょう。白抜きと呉須の濃淡だけで表現する墨はじきの技法。昔ながらの墨はじきで作られる作品に格があるのは、手間ひまを惜しまぬ作り手の技術が詰まっているからです。

 

 

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