イッチン描き(筒描き)の技法
イッチン描きの技法
イッチンはチューブ型、もしくはスポイト型の筒のことです。この中に泥漿(でいしょう:粘土を水で熔いたもの)や釉薬を入れて絞り出す入れ物のことです。
つまりイッチン描きとは、その筒に入った泥漿を作品に盛り付ける装飾技法のことです。平らな器面に絞り出した泥をつけると、その部分が盛り上がって模様となります。粘土を水で熔いた泥漿のほか、釉薬をイッチンで使うこともよくあります。
イッチンの例。盛り上がった輪郭を持つものや、縞状に規則的な装飾をあしらったものなど。
イッチン描きは材料を筒に入れることから「筒描き」、スポイトで絞り出すこともあるため「スポイト描き」・「絞り描き」ともいいます。また盛り上がりの部分が素麺(そうめん)のように見えることから、古唐津の作品では素麺手と呼んでいる例もあります。
イッチンで使う筒は絞り出せる形状のものを用意します。小型の筒やスポイトで足りない場合、マヨネーズやドレッシング用の先が尖った容器ならば事足りるでしょう。
イッチン用の材料はどんな土(釉)がよいか
用意する泥漿は素地と似た成分のものがよいでしょう。胎土(素地の粘土)とイッチン側の粘土成分がかけ離れると、収縮率・耐火度が異なるため剥がれたり、割れや欠けの原因となることがあります。
また、釉薬をイッチンで使う場合は焼成実績のある釉薬を使うか、実績のない釉薬はテスト焼成をすることになります。釉薬も泥漿と同様、筒から絞り出せる濃度に調整して使います。
仮に市販の白土500gで作品を作るとしましょう。その粘土をイッチン用に20g使うとします。20gの粘土を水に熔いて、筒から絞り出せる濃度に調整します。ただ、この20gを盛り付けても色の変化は全くありませんよね。
そこで20gの白土に20gの「赤」土を混ぜて色の変化を出すようにします。赤土は鉄分の含有量にしたがって黒く発色します。したがって真っ白な胎土と、やや黒色のイッチンを施した作品ができると予想できます。
計40gのイッチン用泥漿は赤土を50%含みますが、胎土を50%使っています。よって胎土と極端に成分(耐火度・収縮率)は違いません。そのおかげで剥がれや割れの確率も下がると期待できます。
もしテスト焼成できる環境であれば、白土30%:赤土70%、赤土100%など数パターンの泥漿を用意しましょう。テスト焼成できない場合はいきなり本番ですので、発色・収縮・剥がれや割れの有無などは焼いてみないと分かりません。
イッチン描きは泥漿を盛る高さ・幅・長さなど細かい調整がききます。その立体感によって視覚的にも面白い効果が得られます。そして盛った部分に色をつける、削る、模様を変化させるなど技法の組合せで効果的な装飾が可能です。
【イッチンの輪郭内に色釉を塗るケース】
これは白化粧土でイッチンを施したあと、輪郭の内部に釉薬を塗った装飾方法です。盛り上がった輪郭線と内部の塗り分けがされていますね。
色釉はそれぞれ黒・赤・薄緑に発色しています。鉄釉の黒、辰砂(銅釉)の赤、緑釉の緑が白い縁取りに囲まれて調和がとれています。還元焼成で辰砂の赤が出ますので、緑釉は本焼成のあとに低火度で焼きつける低火度釉(鉛を混ぜる)と推測します。
【盛り上げた部分を削るケース】
さて、次の画像はイッチンを施した箇所を薄く削っています。胎土は赤土ですが全体に白化粧をしてあります。
作業手順は赤土にイッチンで模様を描いたあと、全体に白化粧をしています。化粧土が乾いたら模様の表面を薄く削る、もしくは表面の白化粧土をふき取ることで胎土の赤茶色が出てきています。盛り上がった赤茶色の文様と白い化粧土の対比が面白いと思います。
【模様の一部を変化させるケース】
これはスリップウェアなどで見られる文様で「矢羽根模様(やはねもよう)」といいます。この画像は「スリップウェアとバーナード・リーチ」の記事で使った画像になります。
まずこのような縞模様の状態に泥漿(または釉薬など)を塗ります。次に泥が乾かないうちにヘラやナイフで縞状の泥を引っかくと・・・このような模様になります。あとは素焼したあと、透明釉をかけて本焼成すれば作品ができあがります。ちなみにこの作品の場合は泥漿ではなく、鉄絵具か鉄釉をイッチンで施していますね。
一言でイッチンといっても様々な技法や装飾との組合せが楽しめます。加飾の幅を広げながら器面の表情を豊かにしてくれる技法といえるでしょう。