青磁と三浦小平二

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青磁と三浦小平二

 

 青磁(せいじ)とは

青磁は青〜緑色に発色する青磁釉がかけられた陶磁器のことです。青磁釉はもともと灰と土石を混ぜた釉薬です。現代では石灰と長石に1〜2%の酸化鉄を添加することで得られます。

 

また素地に含まれる微量な鉄分(これも1〜2%程度)も、青磁の発色には重要な要素です。

 

素地の粘土は磁器・陶器・半磁器にわかれ、上記の通り微量な鉄分が含まれるのが理想です。そして釉調の深みを出すため、青磁釉は幾層かに重ねがけされるのが一般的です。これを高温で還元焼成すると、分厚い釉と素地に含まれる鉄分が淡い青色〜緑色に発色します。

 

これに対して酸化焼成すると釉は黄色に発色します。美術館で黄瀬戸のような色合いで「青磁」として展示されるものがその一例です。なお黄褐色で米色青磁(べいしょくせいじ)と呼ばれるものは、南宋時代の伝世品から現代作品まで見ることができます。

 

 青磁の歴史

原始青磁(げんしせいじ)と呼ばれる出土品は、紀元前1,500年ごろ中国の殷王朝まで遡るといわれます。ただし出土品の釉から石灰質が検出されたにすぎず、一般的な灰釉陶器という認識の方が妥当のようです。

 

後漢(1世紀)には浙江省(せっこうしょう)に越州窯(えっしゅうよう)がおこります。青磁産地の中心地となった越州窯は後漢から南宋時代(12世紀)まで続きます。原始青磁とは異なり系統だった高度な技術が確立されたのは中国の越州窯からとなります。

名称 所在地 窯の成立時期 特徴

越州窯
(えっしゅうよう)

浙江省北部
(せっこうしょう)

後漢〜南宋
(1〜12世紀)

三国の呉〜東晋時代に発展した古越磁(こえつじ)は緑黄色の釉と動物のモチーフが有名。唐代末からは「秘色」(ひしょく)と呼ばれる美しい淡緑青磁が特徴。

耀州窯
(ようしゅうよう)

陝西省
(せんせいしょう)

唐〜元・明はじめ
(7〜14世紀)

唐の都 長安からほど近くおもに唐三彩と青磁で知られる。北宋時代にオリーブ色の釉調に彫花文がほどこされた作風が特徴。

汝官窯
(じょかんよう)

河南省
(かなんしょう)

北宋時代
(10〜12世紀)

北宋の都 開封にあったといわれる官窯。幻の窯ともよばれ北京、台北の故宮博物館ほか伝世品は数少ない。水色の釉調と端正な造形が特徴。

南宋官窯
(なんそうかんよう)

浙江省北東部
(せっこうしょう)

南宋時代
(12〜13世紀)

南宋の都 杭州にあった官窯。天青(てんせい)色の釉が厚くかかり鉄分をふくむ胎土の黒味をおびた貫入が特徴。黒い貫入の中に生じる二重貫入の優品が多い事でも知られる。

龍泉窯
(りゅうせんよう)

浙江省西南部
(せっこうしょう)

唐〜清
(10〜19世紀)

南宋〜元の時期に砧青磁(※)と呼ばれる柔らかい緑の青磁が生まれる。14世紀の飛青磁や貼花は貿易船の名をとって天龍寺青磁(※)ともいう。※ともに日本における呼称。

鈞窯
(きんよう)

河南省
(かなんしょう)

北宋〜金・元
(10〜14世紀)

金・元代の出土品がほとんど。青く澄んだ釉は天青と呼ばれ、色が濃ければ天藍(てんらん)、淡いものは月白(げっぱく)という。青い器面に紅〜紫のにじんだ彩色が特徴で、呈色剤に銅をもちいている。

 

青磁の技法は10世紀ごろに朝鮮半島(高麗王朝)、17世紀には日本(波佐見や有田など)へと伝播してきます。

 

中国発の南宋官窯や鈞窯の技法を取り入れ、独自の作品を生み出した人間国宝が三浦小平二(みうら こへいじ 1933年〜2006年)です。

 

 新潟の土

三浦小平二は新潟県佐渡市の出身です。ここは無名異焼(むみょういやき)の産地で氏は窯元の家系に生まれます。無名異焼の土は酸化鉄を多くふくむ赤土で、朱色に焼きあがる作品が特徴です。

 

三浦氏は東京芸術大学の彫刻科にすすみ、加藤土師萌(かとう はじめ 1900年〜1968年)を招いて陶磁器研究会を発足させます。

 

加藤土師萌は色絵磁器の人間国宝として知られますが、青磁・青白磁・白磁・染付などの中国陶磁のほか、織部や黄瀬戸など桃山陶にも造詣の深い陶芸家です。

 

三浦氏は加藤氏に師事してさまざまな技法を学びました。

 

そして1964年には東京芸大工芸科に陶芸講座が加わります。開講当時は加藤土師萌・藤本能道(ふじもと よしみち)・田村耕一(たむら こういち)らのほか、31歳の三浦氏も講師として後任の指導にあたりました。

 

なお、三浦氏はこの年に東京都国立市に築窯しています。そして本格的に青磁に取り組み無名異の赤土を使って青磁を作陶しました。

 

さきの南宋官窯の青磁は土に鉄分が多く含まれるため、胎土は赤黒く貫入にはその色があらわれるのが特徴です。

 

三浦氏が39歳の時(1972年)台湾の故宮博物館にある南宋官窯の現物をみて、無名異の土との類似点を見出したのがきっかけといわれます。

 

ちなみに南宋官窯の優品には紫口鉄足(しこうてっそく)という特徴があります。

 

「紫口」とは口縁部の釉薬が薄くなると、素地土の鉄分によって紫がかった色(紫〜灰黒色)になることを指します。

青磁の紫口(しこう)とは_紫口鉄足

そして「鉄足」の足は高台など底の部分のことで、釉の無い部分が鉄分を含む土色(黒〜褐色)になることを意味します。

青磁の鉄足(てっそく)とは_紫口鉄足

つまり南宋官窯の青磁を模範とするならば、紫口鉄足の要件を満たすため、鉄分を含む土の選定が必要です。鉄分を含む佐渡の土はこの条件に合致していたということでしょう。

 

 三浦小平二の青磁

三浦小平二は鈞窯やとりわけ南宋官窯の再現を出発点としていますが、よりなめらかな器形と蓋の作りに特徴があると考えます。その形は独特の丸みを帯びて柔和な雰囲気を醸し出しています。

 

そして飾り壺や香炉の蓋には切込みが規則的に入っています。こうした大輪の花弁を思わせる輪花(りんか)の技法によって、動きのある形でありながら静謐さをたたえた品格を兼ねそなえています。

 

薄引きした土には青磁釉が厚くかかり、こまかく生じた貫入は胎土の鉄分で赤褐色に染まっています。なめらかで吸い込まれるような肌と、赤味をおびたひびの対比が美しい作品が特徴です。

 

もうひとつの大きな特色は色絵にあるといえます。曲線形の青磁作品の一部に白い余白を設け、そこに絵を描いたものです。色絵作品の肌は南宋官窯のような貫入はなく、鈞窯の天青のような滑らかさがみてとれます。

 

モチーフは少女・駱駝・驢馬・カワセミなどの人や鳥、動物が豆彩(とうさい)で描かれています。豆彩とは中国の色絵技法のひとつで、豆色(青緑)に特色がある事からそう名付けられます。

 

色がせめぎ合うことから「闘彩」、一方では色のまとまった様子から「逗彩(とう=とどまる・調和する)」とも呼ばれます。

 

氏の色絵をみれば後者の「逗彩」とわかります。そのほのぼのとした色彩の調和と、愛嬌のあるモチーフは時に詩的とも評されます。とりわけ合掌するシルクロードの少女は三浦氏のトレードマークともいえるでしょう。

 

こうしたモチーフは氏が旅した中国・中近東諸国・アフリカでのスケッチがもとになっています。異国情緒あふれるモチーフと愛らしい描画。青磁の質感と相まって独特な世界観を構築しています。

 

氏は精力的に作陶するいっぽう、1990年からは東京芸大の教授に就任して後任育成に励みます。そして1997年には国の重要無形文化財「青磁」保持者に認定されました。

 

中国発の青磁からはじまり、シルクロードの絵付けを独自のタッチで描いた三浦小平二。氏のフィルターを通して作られた日本発の青磁作品は、国内のみならず海外でも高く評価されています。

 

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