無名異焼と五代伊藤赤水

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無名異焼と五代伊藤赤水

 

 無名異焼の土

無名異焼(むみょういやき)は新潟県の佐渡市(さどし)で焼かれる陶器のことです。そのはじまりは江戸後期の弘化年間(こうか 1844年〜1847年)といわれ、相川町の七代 伊藤甚兵衛(いとう じんべえ)が無名異土を陶土に混ぜて楽を焼きました。

 

はじめは素焼きの日用品や楽茶碗など軟質陶器でしたが、明治時代には初代 伊藤赤水(いとう せきすい1838年〜1899年)や初代 三浦常山(みうら じょうざん1836年〜1903年)によって現代の硬質の無名異焼となりました。

 

伊藤家は五代赤水が「無名異焼」の人間国宝であり、三浦家は「青磁」の人間国宝である三浦小平二の生家でもあります。

 

また、無名異とは天然のマンガンや第二酸化鉄のことで、その殺菌・抗菌作用は薬用品として使われた歴史もあります。ちなみに染付などの絵付けに使う「呉須(ごす)」を指すこともあります。

 

佐渡島は海底火山の噴火によってできた島で、この島の金山では鉄分を多く含んだ赤土が豊富に採れました。この赤色粘土を無名異土と呼び、黄土の野坂土(のさかつち)とともに無名異焼の陶土として使われてきました。

 

焼き色については無名異土・野坂土ともに朱色に焼きあがります。酸化気味に焼けば朱色、還元気味で黒褐色の焼きあがりが得られます。粘土質がおおく可塑性に富んだ野坂土に、無名異土を何割か混ぜて使うこともあります。

 

なお、粘土の精製は主に水簸(すいひ)が用いられ、キメ細かな器肌と朱色の作品が特徴です。また成形から本焼成をすると3割ほど収縮するのも無名異土の特徴です。

 

一般的な陶土は10〜15%ほどの収縮率となりますので、無名異土の特質さが分かります。

 

 五代 伊藤赤水の無名異焼

現代無名異焼の大家には五代伊藤赤水(いとうせきすい 1941年〜)がいます。氏は1972年に日本伝統工芸展に初入選。1977年に赤水窯を継いで五代目を襲名しています。

 

伊藤氏の特徴的な技法は、従来の「朱泥」一色であった無名異焼に、「窯変」を伴うものと「練上げ」を取り入れた作品です。

 

窯変は炎の状態によって生じる変化のことです。炎の状態とは十分な酸素が供給された状態での「酸化焼成」、それに対して酸素が乏しい状態の「還元焼成」など。こうした酸素の状態や炎の強弱によって作品に変化が起こります。

 

酸化炎〜中性炎で焼いた部分は朱色に、還元炎で焼かれた部分は黒く発色します。朱泥に黒い窯変が出た場合、一般的には不良品とみなされました。

 

しかし朱色を引き立てる色として、黒い窯変を良品として取り入れたのが「窯変」作品です。部分的に黒い発色を得るため、作品の一部に木炭を置いて焼成します。すると炭で覆われた部分は酸素が乏しくなり還元雰囲気になります。その結果、還元部分が黒く発色するのです。
または焼きだけではなく、黒い窯変部は胎土より鉄を多く含む化粧土による発色(鉄分の黒)の可能性も考えられます。

 

次に色の異なる粘土を使った練上げについてです。まず複数の色の粘土を重ね合わせます。その粘土の断面は複数の色と模様があらわれます。練上げのモチーフは花紋が代表的なもので色彩豊かな文様が見てとれます。

 

こうした作風により2003年 国の重要無形文化財「無名異焼」保持者の認定を受けました。伊藤氏は従来のシンプルな朱泥作品に、窯変と練上げを融合させて新たな無名異焼を生み出しました。

 

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