陶磁器の「景色」とは

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陶磁器の景色とは

 

 陶磁器の「景色」について

陶磁器は成形した粘土が窯の炎に焼かれることで生まれます。やきものという言葉は炎に焼かれた産物という意味にほかなりません。そして焼成の結果、釉薬・胎土が炎によって変化したさまを景色と呼びます。

 

たとえば高温で熔けた釉薬が器面を流れるとします。その流れる様子を「景色」といいます。または作品に炎が当たってコゲが出来たとしましょう。そのくすんだ状態・場所を指して「景色」とよびます。いずれも焼いた結果、作品に生まれた表情とも言い換えられますね。

薪窯の井戸

釉薬の流れが景色となって作品を彩ります。作品ごとに違った釉調が見てとれます

 

窯の炎の中でも特に薪窯の炎は、焼成するたびに違ったやきものを生み出します。炎は熱を帯びた炎道(えんどう)を通って窯と器物を熱し、窯と器物たちの熱量が他の作品を焼成するエネルギーとなります。

 

そのため土や釉薬の種類はもちろん、窯詰時の作品の並び方、薪の量と焼成時間など窯の内的要因が変われば全く違った焼き上がりとなります。

 

さらに外気の温度・湿度など外的要因が加わることで、最終的には人の制御できない偶然性に作品を委ねるわけです。こうした偶然性こそがやきものの難しさと不安要素であり、何ができるか分からない期待感や良品が取れた時の喜びにもなるのです。

 

ゆえにひとつとして同じ焼き上がりのものはなく、その違いがそのまま作品の個性となります。窯の内的・外的要因によって釉薬は作品ごとに違った熔け方となり、素地粘土である胎土もそれぞれ異なる焼味を呈します。

灰釉の流れた様子

たとえば灰釉をかけた作品があるとしましょう。高温で釉薬が熔けると、画像のように表面を流れて景色となります。日本人の感性は釉薬の流れる様子も鑑賞の対象にしました。

 

 「景色」という捉え方

陶磁器の中にある景色という表現は日本独自の感性といわれます。というのも中国の古陶磁において、釉流れはけして喜ばしい事ではなかったからです。

 

むしろ天目や青磁・白磁に見られるような端正な造形と、ムラのない格調高い釉調が尊ばれた歴史があります。それに対して日本の古陶磁では、中世六古窯のように焼き締め陶の自然釉に美を見出してきました。

自然釉の例

日本人は器面に流れる自然釉を情緒あふれる装飾と捉えていたのでしょう。

 

つまり中国の古陶磁は均衡と一糸乱れぬ美を模範にしていたといえます。その一方で日本の古陶磁は、時に造形の不完全さや自然釉の流れなど奔放で自然な美しさを旨としていました。

 

 ひび割れも景色となりえるか

さて、日本人はひび割れさえも「景色」とした経緯があります。たとえば千利休が所持した『柴庵』(しばのいおり:東京国立博物館蔵)や、古田織部が名品中の名品として知人に贈った『破袋』(やぶれぶくろ:五島美術館蔵)には大きなひび割れがあります。

 

端正な美しさをよしとする中国の古陶磁においては、ひび割れは不良品と見なされたかもしれません。しかし日本においてはひび割れや時には繕い(漆などで修理した跡)も作品の味わいとして賞玩されたのです。

井戸のひび割れ

ひび割れを山の端に、シミと釉の流れは雲に見立ててみます!

 

さらに朝鮮半島で作られた日用品である椀や鉢を、室町〜桃山時代の茶人は茶器に転じて愛用しました。当時の茶人たちは高麗・李朝で作られた、純朴で自然な作りの陶磁器に美しさを見出したのです。たとえば高麗茶碗と呼ばれる作品群は日本人によって珍重された一例といえます。

 

このように陶磁器の釉調や胎土の変化を、日本人は美しいもの=景色として鑑賞してきた歴史があります。作品の形・胎土の焼き味・釉調など、すなわち全体の景色が最初の見どころとなります。そこから細部の景色をみることで、自分なりの作品像が出来あがることでしょう。

 

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