人間国宝・文化勲章・紫綬褒章とは

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人間国宝・文化勲章・紫綬褒章とは?

 

 巨匠の略歴

現代巨匠の略歴には公募展の受賞歴をはじめ実にさまざまな経歴が書いてあります。「おすすめの現代巨匠は?」とよく聞かれるのですが、好き嫌いはさておき略歴はいろいろなことを教えてくれます。

 

中でもよく目にするのが「人間国宝」、もしくは「文化勲章」「紫綬褒章(しじゅほうしょう)」といった受章歴です。

 

私は「鉄絵」の人間国宝である田村耕一(たむら こういち 1918年〜1987年)の作品がきっかけで陶磁器に興味を持ちました。

 

氏の足跡をたどるうちに色絵を教えた富本憲吉(とみもと けんきち)はどんな陶芸家なのか、氏のロクロの才能を見抜いた濱田庄司(はまだしょうじ)の作品は?といった具合にまずは人間国宝をはじめ関連する陶芸家の作品を次々と見に行きました。

 

さらには氏が受賞した公募展、たとえば日本伝統工芸展や、「金賞」とは何ぞやと日本陶磁協会を知りました。作品が収蔵された美術館をはじめ、そこへ出品する作家やその略歴から芋づる式に調べては、何も分からないけどまずは見てみようと足を運びました。

 

そうこうするうちに氏の略歴にある紫綬褒章や、ほかの巨匠が受章した文化勲章や、時代は戻りますが「帝室技芸員(ていしつぎげいいん)」という経歴を見るようになります。

 

こうした略歴はもちろん絶対的なものではありません。しかしこうした受賞・受章を共通項として、多様な作品と陶芸家に興味を持ったのは確かです。年代の早い順となりますが参考になれば幸いです。

 

 帝室技芸員

皇室によって1890年に制定された工芸家・美術家の保護奨励制度。1945年の終戦をもって廃止されました。各種工芸が含まれ陶芸家としては、三代清風与平(せいふう よへい)からはじまり板谷波山(いたや はざん)まで5名が任命されています。

 

 文化勲章

1937年から発足した文化勲章は、はじめ内閣総理大臣から授与されましたが、1997年からは天皇から親授されています。授賞式は11/3(文化の日)で芸術、文学、芸能や科学技術など文化的功績のある個人に授与されます。

 

陶芸家ではじめて受章したのは1953年の板谷波山(いたや はざん1872年〜1963年)です。60年代には富本憲吉、濱田庄司。70年代には荒川豊蔵(あらかわ とよぞう)、楠部彌弌(くすべ やいち)が受章しています。その後も著名な作家が名を連ねています。

 

 人間国宝(国の重要無形文化財)

1954年 文化財保護法(ぶんかざい ほごほう)の改正によって現在の名称になりました。日本の伝統工芸・技能を支援・奨励して後世にのこすことが目的とされます。

 

人間国宝は国の重要無形文化財(じゅうよう むけい ぶんかざい)のことです。人間国宝という言い方はいわゆる俗称です。

 

重要文化財とはいわゆる重文(じゅうぶん)とよばれ有形・無形に大別されます。有形は陶磁器など実際の作品そのものを指し、無形はある特定の「技」など形のないものを指します。

 

つまり国の重要無形文化財とは、国が認定した特定の「技」をもつ個人または団体のことです。ここでいう「国」とは文部科学大臣か文化庁長官のことです。

 

たとえば富本憲吉(とみもと けんきち1886年〜1963年)ならば「色絵磁器」の技法を体得・精通した「個人」。小鹿田焼(おんたやき:大分県)ならば「小鹿田焼」という工芸技術を継承する「団体」となります。

 

こうした国による指定とは別に、都道府県知事による指定や市区町村長による指定もあります。

 

 紫綬褒章(しじゅほうしょう)
1955年の褒章条例の改正によって定められた、天皇から親授される勲章(栄典)のことです。現在は科学技術分野での発明と発見、芸術、学術及びスポーツ分野で優れた功績を残した個人が表彰されています。

 

1960年代には石黒宗麿(いしぐろ むねまろ)、加藤土師萌(かとう はじめ)が受章し、その後も有名作家の受章が続いています。

 

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