徳利窯(ボトルオープン窯)

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徳利窯(ボトルオープン窯)

 

 徳利窯 18世紀〜1960年代:昇炎式

徳利窯(とっくりがま)は18世紀にイギリスで生まれた昇炎式の窯です。中心に円筒型の焼成室を持ち、外側は徳利の形をした外壁でおおわれています。

 

日本には19世紀末ごろから導入され、焼き締めのレンガやセメントを焼く窯として稼動してきました。イギリスではその形からボトルオープン窯とも呼ばれ、日本では外套(がいとう:コートの事)をかぶったような形状から外套窯とも呼ばれました。

 

徳利窯(ボトルオープン窯)

 

徳利窯の内側には作業スペースがあり焚口が複数設けられています。作業スペースがあるおかげで内部での空気調整など、作業を個別に行えます。そして焼成時には外気と焼成室の間に空間ができるので、空気の断熱作用によって焼成室の温度が下がりにくくなります

 

はじめ燃料は石炭が使われたのち、時代を経るにしたがって重油やガスに切り替わっていきます。

 

円筒形の焼成室を持たない徳利窯もありますが、外観は徳利の形状をしています。たとえば国指定文化財である、山口県の旧小野田セメントの徳利窯は円筒形の焼成室をもたず、焼成室・外壁が一体化している一例です。

 

中にある焼成室には作品が積み上げられ、炎は上にある煙突から排煙されます。イメージ図の焼成室だけを見れば角窯と形状が似ていますが、煙を逃がす煙道が必要ないため省スペース化が図られています。

 

徳利窯は設置場所を取らないうえ、焼成室の上部には空気量を調節する穴(通風孔)が複数開けられていました。現代でいうダンパーのような空気調整穴がいくつも設けられていたわけです。

 

この通風孔をふさげば炎は天井にぶつかって下に降りてきます。このように炎が上から下にくる倒炎式の窯にすることも出来ました。

 

昇炎式の場合は熱が上部から排出されるので熱効率は高くありません。しかし小さな通風孔をふさぎ、倒炎式にすれば窯の温度も上がりやすくなります。また、炎から作品を防護する匣鉢(さや)をかぶせれば、倒炎式で施釉陶器などの焼成も可能だったと推測します。

 

イギリスでは1960年代に入ると徳利窯の稼働は中止され、トンネル窯のような連続焼成・大量生産が可能な窯に切り替わっていきます。日本においても導入から20年ほどの期間で操業を停止しています。イギリス同様より生産性の高い窯に移行していったのでしょう。

 

昇炎式の窯では焼成環境が安定せず、製品の焼きが不均一になることがあります。くわえて縦長の窯の修繕など、メンテナンスが難しかったことも切り替え要因になったと考えます。

 

しかし作業スペース(空気の層)を設けて焼成室の保温性を高めるなど、構造上の利点は現代の焼成において活かせるかもしれません。

 

徳利窯はその形状と作業スペースを設けている点が特徴的といえます。そのほか省スペース化と調整可能な空気穴などの工夫が見られ、石炭による工業化がはじまった初期窯として、歴史的にも興味深い窯といえます。

 

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